20: Santiago De Cuba #3
Santiago De Cuba中心街にあるカーニバル博物館に行ってみる事にした。セスペデス公園から歩いて数分だった。あっという間に着いた。建物の中を覗こうとしたら 一人のCubanoにたどたどしい英語で声をかけられた。どうやら彼はサルサダンス の先生で我々にダンスを教えようと言っているようだった。しかも具体的にレッスン料の話も持ち出して。この国でサルサダンスの先生と称する人 に遭遇したのは何度目だろうか。そんなに習いたがる観光客が多いのだ ろうか。
我々は彼の申し出を断りカーニバル博物館の中に入ろうとしたら、彼は「ショ ウは16時からだ」という。どうやら彼はこのカーニバル博物館の中でショウを行 う人でもあったらしい。時計を見ると15:30。とりあえず博物館の展示物でもみ てるうちにショウも始まるだろうと思ってはいたものの16時になる前にあっさりと展示物を見終わってしまった。なので、ちょっと早目に中庭へ行き、ショウが始まるの待った。
どうやらショウの内容はRumbaであることがわかった。我々はHavanaに引き続 きSantiago De CubaでもRumbaと遭遇することになったわけだ。それぞれの曲に ストーリーがあるらしく出演者達は色々な衣装に着替えて色々な役柄として踊る。何かしらの神様なのかなんなのか色々な格好の役柄が出てくる。
バタ、トゥンバドーラ(コンガ)、カホン等の組み合わせによる、複雑なポリリズミックなパーカッション。その上に語り部の様に歌われるヴォーカルと掛け合いの様なコーラス。演劇の様な演出のダンス。Rumbaだ。Havanaのキューバ国立民族舞踊団で観たRumbaの方がショウとして洗練されたモノではあったが、こちらのカーニバル博物館でのRumbaはよりプリミティブなも のであった。それは歌にPAが使われているかどうかというだけの違いではな く、演奏形態やサウンドがそのプリミティブさを演出していた。演奏もよりセッションに近い感 覚だった。
途中観客がステージに上げられた。ステージとは言っても段差もないので中庭の中央に連れていかれたというのが正しい。そして簡単なステップを教えられ一緒 に踊る。ぶんえいも連れていかれて踊った。それは何度も繰り返され私も連れていか れて踊った。
連れてかれて踊り、何かしらのお祈りをされた後にチップを要求された。この状況だと払わざるを得ないので小銭をちゃりんと落とす。賽銭箱に小銭を入れる ような感覚か。そもそもRumbaはサンテリーアという宗教の儀式でもあるのだ。
ショウが終わり帰ろうとしたところではじめに声をかけてきた自称サルサダン スティーチャーが我々に再び声をかけてきた。どうやらCDを買ってくれとかチッ プをくれと言っているようだった。彼の言い分は「俺が一番君達の相手をしてあ げたんだから構わないだろ?」という事だった。
またこういう状況になってしまったのか。別にチップが惜しいわけではないん だけど、この位のことで彼らの給料の10%にもなるお金をさくっと渡してもよい ものなのだろうか?こういうことに味をしめてしまうと彼の行く末は勤労意欲をなくし て延々と観光客にたかり続けるヒネテーロになるのではなかろうか?はじめはフ レンドリーに近寄ってきてあたかも友人になろうとしてるように見せかけて、最後の最後に金を要求するというやり口でなかったとしたら、ここまで私を当惑さ せることはなかったのだろうか?そもそもそんな心配を何故観光客である私がしているのか?そんな権限が私にあるのか?何故この国では常にこんな事を考えさ せられなければならないのだ?革命のせいか?政策のせいか?米国の経済封鎖の せいか?資本主義国からふらりとやってきた観光客のお気楽さ加減のせいか?
そんなような事が頭を駆け巡りながら、自称サルサダンスティーチャーのチップを要求する叫び声に追われるかのように我々はその場から抜け出した。
2006年8月10日初掲載
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